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    2026年9月18日

    JET Streams – 第62号 (2026年度春・夏号)

    クレアコーナー(自治体国際化協会からの記事、お知らせなど)

    2026年の春・夏号へようこそ!

    自治体国際化協会(CLAIR)JETプログラム事業部

    いつもJET Streamsをお読みいただき、ありがとうございます。JETプログラム事業部です。

    東京の夏は少しずつ涼しくなっていき、秋へ向かっています。紅葉が楽しみですね!

    今号は春・夏号です。2026年夏来日直後オリエンテーション、そして2026年JETプログラムキャリアフェアを振り返ります。その他、特別支援教育やボランティア活動、ピアサポートなどに参加してきたJET経験者の興味深い記事もあります。皆さんのコミュニティ作りの参考になれば何よりです!

    今号の記事を楽しんで読んでいただければ幸いです。また、ご自身のストーリーを共有いただける場合は、以下のリンクから詳細をご参照ください。

    皆様にとって素晴らしい秋になりますよう、心よりお祈り申し上げます。

    また冬号のJET Streamsで会いましょう!

    JETプログラム夏来日直後オリエンテーション

    新規JETプログラム参加者、日本での活動をスタート

    2026 年夏から全国各地の任用団体に配置される新規JET プログラム参加者に対するオリエンテーションを、7月27 ~28日と8月3~4日にわたって開催しました。

    JET プログラムは、世界各国から外国語指導助手(ALT)、国際交流員(CIR)、スポーツ国際交流員(SEA)を招致して、全国に配置しています。2026年度は、5,700人以上の参加者が語学指導や地域の国際交流活動に従事します。

    開会式

    今夏は、1,600人以上の参加者が来日されました。オリエンテーションでは、組織や地域に属する際の心構えや日本のマナー、学校での指導方法や翻訳・通訳業務のノウハウといった実践的な知識など、それぞれの職種に合わせた研修を幅広く取り扱いました。また、文部科学省によるチームティーチングなどについて講義があり、より深く先生同士の協力について学ぶ機会となりました。

    2日間の研修を終えた参加者は、期待を胸にそれぞれの任用団体の元へと旅立っていきました。今後の皆さんのご活躍を期待しています!

    2026年JETプログラムキャリアフェア

    JETから次のキャリアへ

    クレアでは、JETプログラム参加者のプログラム終了後のキャリア支援を目的として、さまざまな事業を実施しています。日本国内の企業との出会いの場を提供するキャリアフェアをはじめ、参加者が自身のキャリアビジョンをより具体的に描くためのセミナーなどの支援に取り組んでいます。

    その一環として、2026年2月14日(土)に大阪会場、2月22日(日)に東京会場にて、「2026年JETプログラムキャリアフェア」を開催しました。本イベントは、任期満了・再任用を希望しない予定のJET参加者およびJET経験者を対象に、日本での就業を希望する参加者とグローバル人材を求める企業との出会いの機会を提供することを目的として、毎年開催している企業合同説明会です。

    キャリアフェアの様子

    参加者にとっては、JET終了後のキャリアを具体的に考える貴重な機会となる一方、企業側にとっても、国際的な経験や多文化への理解を持つ人材と直接交流できる場となっています。

    今回のキャリアフェアには、日本全国から多くのJET参加者・JET経験者が参加し、大阪・東京両会場を合わせた申込者数は500名を超えました。参加者は様々な国籍のALT・CIR・SEAを含んでおり、多様な職種・バックグラウンドを持つJET参加者が集まりました。

    今年は終了予定者数の増加に伴い、昨年度以上に多くの参加者が来場しました。JETプログラム終了後も引き続き日本で働きたいと考える参加者が増えていることがうかがえます。

    キャリア相談ブース

    大阪会場の様子
    大阪キャリアフェアは、2月14日(土)にマイドームおおさかにて開催されました。教育、観光、IT、コンサルティングなど、幅広い業界から45社が出展し、240名以上の参加者が来場しました。

    参加者は各企業ブースで熱心に説明を聞きながら、自身のキャリアの可能性について考えていました。中でも、日本での就職活動について専門家に相談できるキャリアコンサルティングブースは特に人気を集め、多くの参加者が利用していました。

    参加者の中には、日本式の就職イベントに初めて参加する方も多く、緊張した様子も見られましたが、積極的に企業担当者と交流する姿が印象的でした。

    出展企業のパンフレットを確認しながらブースを回る参加者の様子

    東京会場の様子
    東京キャリアフェアは、大阪開催の翌週となる2月22日(日)に東京流通センターで開催されました。大阪会場にも出展した企業を含め、合計89社が参加しました。

    会場には企業ブースに加え、総務省による「地域おこし協力隊」紹介ブースや、出入国在留管理庁による在留資格に関する個別相談ブース、キャリア相談ブースなども設置され、参加者が将来設計について幅広く相談できる環境が整えられました。当日は360名以上のJET参加者・JET経験者が来場し、大阪会場に続いて参加した方の姿も見られました。

    また、出展企業の中にはJET経験者を採用している企業も多くあり、実際にJET経験者本人が企業担当者として参加しているケースも見られました。参加者にとっては、共通の経験を持つ先輩から直接話を聞くことができる貴重な機会となり、自然な形で交流が生まれていました。

    キャリアフェア後のJETAA支部主催のネットワーキングイベント

    JETAAによるネットワーキング
    JET経験者の同窓会組織であるJETAA(JET Alumni Association)には、日本国内に2つの支部があり、さまざまな業界で活躍するJET経験者が所属しています。JETAAでは、日本に残ったJET経験者同士の交流機会を提供するだけでなく、キャリア支援やネットワーキングに関するイベントも積極的に実施しています。

    大阪キャリアフェア終了後には、JETAA西日本支部が交流イベントを開催し、50名以上が参加しました。毎年開催されているイベントですが、今年は特に参加者が多く、キャリアフェア本番とはまた異なる、リラックスした雰囲気の中で交流を深める場となりました。

    また、東京会場でも、JETAA東京支部によるネットワーキングイベントが開催されました。昨年に続き2回目の実施となった今回は、企業関係者およびキャリアフェア参加者約50名が参加し、盛況のうちに終了しました。

    JET終了後のキャリアの選択肢を広げ、一人ひとりが自身の経験や強みを生かして活躍できるよう、引き続き支援を行ってまいります。

    【関連リンク】

    JETの向こう(JET経験者からの記事)

    富士山を探そう

    特別支援教育からインタラクティブな子ども向けの絵本へ

    JETプログラムで過ごした5年間は、人生とキャリアに深い影響を与えました。ここでは、その歩みについてお話ししたいと思います。

    最初は、神戸のALTとして始まりました。特別な事情により、1年後には山梨県へ転任することになりました。山梨に赴任して間もなく、当時の山梨県のJET PA(Prefectural Advisor)が、私に特別支援教育のボランティア経験があると聞き、後任としてPA職を引き継がないかと声をかけてくださいました。山梨のPA業務には、県内の特別支援学校を毎週訪問する活動が含まれており、まさに理想的な役割でした。とても嬉しく、引き受けることをすぐ決めました。

    PAとして活動する中で、次第に特別支援教育に深く関わるようになりました。当初は3校のみの訪問でしたが、担当校が次々と増え、最終的には山梨県内9校の特別支援学校を訪問するようになりました。

    子どもたちを楽しませる方法は常に探し中!

    訪問を通して、実にさまざまな学習環境を経験しました。体育館で60人以上の生徒を相手に授業を行う日があれば、小さな教室でマンツーマンの授業を行う日もありました。それぞれの環境で求められるアプローチがまったく異なり、普段使われている教材だけでは十分ではないことに気づきました。
     
    さらに、多くの学校を巡回していたため、生徒によっては年に数回、時には4回程度しか会えないこともありました。そのため、授業は終わった後でもずっと生徒の記憶に残るようなものではなければなりませんでした。
     
    そこで、自分の教材は自分で作ることになりました。

    授業をより楽しく、参加しやすくするためにスライドや動き、キャラクターや音声を使ったシンプルでデジタルなストーリーを制作してみました。環境問わず活用できる、柔軟で視覚的かつ理解しやすい教材になりました。

    同時に、授業にゲーム要素を取り入れることにも挑戦しました。特に、「ウォーリーをさがせ!」のような絵探し形式の活動は非常に効果的であることに気づきました。特別支援教育の現場では、生徒それぞれに異なる身体的特性や集中の仕方があります。物語を一度読んだ後、隠れたものを探しながらもう一度読み返すことで、それぞれのペースで授業に参加することができました。

    すべてのスタート地点になった富士山

    この頃、私は毎週の旅を通して、山梨県に深く馴染むようになりました。授業の中で度々、生徒たちに各季節の好きなところを尋ねると、富士山について語ってくれる生徒が多くいました。生徒にとって富士山は単なる名所ではなく、季節ごとに表情を変える存在でした。日本では、富士山には季節ごとに異なる「顔」があるとよく言われます。冬には雪をまとった鋭い姿、夏にはやわらかく霞んだ姿、春には桜に彩られ、秋には紅葉に囲まれている姿。生徒たちが語る「富士山の季節の表情」は、まるで山そのものに人格があるかのようで、強く心に残りました。

    これが、富士山というインスピレーションの始まりでした。
     
    その後、日本語能力と山梨に関する豊富な知識を評価され、PAからCIRへ転身しました。大変ありがたい機会でしたが、同時に、日常の重要な一部になってきた教室や生徒たちから離れることでもありました。簡単な変化ではなかったです。どうすれば今までのつながりを保つことができるか、そしてどうすれば共に経験してきたことを形にできるか、よく考えました。

    そして、とあるアイデアにたどり着きました。

    富士山をテーマにした絵探しの絵本です。

    「富士山を探そう!」のカバー

    その後3年をかけて、『Look for Fuji - 富士山を探そう!』を制作しました。教育的でありながら、誰でも使えるようにデザインしました。英語版と日本語版を用意し、テキストだけでなく、音声も付けることで多様な学習ニーズに対応できます。また、文部科学省が作成し、2020年から小学校で正式導入された『Let’s Try! 1-2』『We Can! 1-2』を参考に言語レベルを調整したため、学校現場でも活用しやすい内容になっています。

    最終的には、できるだけ多くの人に使ってもらえるよう、無料のインタラクティブなウェブサイトとして公開することにしました。教室で使えるほか、スクリーンに映すことや一人でゲームのように楽しむことができます。
     
    このプロジェクトは多くの意味で、あの特別支援学校で始まった活動の継続になります。そして何よりも、この作品は、インスピレーションを与えてくれた生徒たちへの感謝の気持ちを伝えるものです。

    About the Author

    マケイ・シュローダー

    山梨県 CIR

    マケイは5年間を日本で過ごしたJET経験者です。主に富士山で知られる山梨県に所属していました。約10年間、特別支援教育のボランティア活動に参加し、JET参加者としてはその情熱を山梨県内の教室で活かしました。9以上の特別支援学校で教えたうえ、1,000以上の生徒のために教材を作りました。
    現在は東京で暮らし、ソフトウェアエンジニアとして勤めながらイラストレーターとしてクリエイティブな活動を続けています。「富士山を探そう!」というデジタルな絵本、そして絵本のホームページのクリエイターでもあります。この絵本は多種多様な勉強の仕方に応えられるように「遊び」と「場所」を中心にしています。英語版と日本語版が準備されてあり、よりインクルーシブな体験になるように音声と文字が使われています。

    • ALT 2018–2019
      神戸市
      PA 2019–2021 / CIR 2021–2023
      山梨県

    SNS:

    地域社会との繋がりを続ける

    東京でボランティア

    ボランティア活動はJETプログラムでの経験の中でも、私にとって最も有意義で充実したものだったかもしれません。蒸し暑い8月に来日し、日本語を話せず、日本国内に知り合いのいないまま、新潟県の上越市という小さな町の郊外で生活し始めました。教育経験のある年長のALTとは言っても、慣れていない環境の中で戸惑いを感じたことは言うまでもありません。

    そんな中、ある日、山間地域のコミュニティ支援を行うボランティア募集のポスターを偶然で見かけました。最初は少し不安もありましたが、活動を通して経験したこと、出会った人、訪れた場所は、上越でのALT生活を100倍充実した経験にしてくれました。

    昨年の夏、JETプログラムを離れる直前に、CLAIR Forum誌の「JETからの手紙」を執筆する機会をいただきました。記事のテーマは、上越でのボランティア経験でした。JETの最後の数週間は非常に忙しい時期でしたが、活動を振り返るという良い機会になりました。掲載誌は東京に引っ越す週に届き、電車に持ち込みました。上越と上越の人から学んだことを忘れないように決意しました。

    引っ越し前の私の東京での生活のイメージは、日本の地方での暮らしの経験、そしてイギリスでロンドンの近くに住んでいた経験に基づきました。人口が非常に多いのに、地域とのつながりが薄く、人との関係を築くのが難しいではないかと想像しました。しかし、実際の東京の経験はそうではありませんでした。そこで特に助けになったのは、ボランティア活動の機会を与えてくれる団体です。

    東京都港区北青山にある在宅サービスセンターで今月のクイズに一緒に挑戦しているところです。

    参加しているボランティア活動の大半はハンズオン東京(Hands On Tokyo)の活動です。ハンズオン東京は約20年前から、日本人と外国人向けの意義あるバイリンガルのボランティア活動を提供・運営しています。ここ半年だけでも、ブラインドジョギングやタンゴセラピー、高齢者向けデイサービスでの活動など、さまざまな活動に参加してきました。熱心なスタッフやボランティアコーディネーター、そして年齢や背景の異なる多くの参加者と出会うことで、多くのことを学びました。さまざまな人と協力するスキルや自己紹介、チームワーク、そしてもちろん、日本語で話そうとする姿勢などのJETプログラムで培ったスキルと経験はかけがえのない力になりました。

    北青山高齢者在宅サービスセンターの前です。今日皆さんとお話ができて楽しかったです。

    もう一つの素晴らしいボランティア活動先は、江東区ボランティア・地域貢献活動センターです。ボランティア同士が交流し経験を共有する場が設けられているほか、毎月のボランティア情報が掲載され、大規模な年次イベントの運営などが行われています。

    当初抱いていた不安と裏腹に、東京のボランティア団体の温かさとオープン性、そして親切さに触れられたことは、とても喜ばしい経験でした。日本国内と海外のJET参加者とJET経験者の皆さんは、ぜひこうした団体を探してほしいと思います。新しい人と出会える、新しいことに挑戦できる、そして自分自身のスキルを伸せる素晴らしい機会です。そして何より、視野や価値観を楽しく、意義深く広げる方法でもあります。

    北青山高齢者在宅サービスセンターの前です。今日皆さんとお話ができて楽しかったです。

    この文章を書いている今日は、晴れている日曜日の午後です。今朝、代々木公園でハンズオン東京のブラインドジョギング活動に参加しました。ペアになった素敵な男性と、公園を走りながら英語と日本語で会話を楽しみました。東京・新潟・イギリスでの生活、趣味や関心、イギリスと日本の作家についてのお話で盛り上がりました。本当に素晴らしい朝でした!もうJETプログラム参加者ではありませんが、JETが多くの人にとって特別でユニークな経験であり続ける理由である「草の根の国際交流」の一員でいられるような感覚を覚えました。

    About the Author

    トム・バニン

    新潟県 上越市 ALT

    トム・バニンは東京に暮らしている地理の先生です。ロンドンの郊外で育ち、大学で地理を専攻しました。中等教育学校の先生の資格を得てから12年間イギリスで地理の先生に勤め、2023年、JETプログラムに参加しました。2年間、新潟県上越市の小中学校でALTとして勤めました。JET終了後は東京に移り、中学・高校の先生の業務に戻りました。JET Streamsに執筆することでJETプログラムとのご縁を続けることを大変うれしく思います。

    • ALT 2023–2025
      新潟県 上越市

    日本で「頑張る」の力

    二つの文化を繋ぐ勤勉性への敬意

    26年前、人間関係は「対面」と「本格的なつながり」によって築かれていた時代に(そして携帯は電話をする時にのみ使われていた時代に)、「脆弱性」と「努力」は知らない国の知らない人として遠くまで伸びることを学びました。

    JETプログラムに申請したのは1999年でした。そのきっかけは、大学の社会学の先生が3年生に配った「The Japan Exchange and Teaching Programme」という何かのチラシでした。日本の封建制度の授業の始めに、ジェイムス・フルツァー博士は「社会と歴史を勉強するほど日本への興味があるのなら、日本での生活と仕事を検討するのはいかがでしょうか?」とおっしゃいました。これは、私のJETプログラムの申請の始まりでした。

    1年生の英語の授業

    在英国日本国大使館の解せない顔をしている5人の面接官を含んだ厳重な申請手順の結果は、補欠合格でした。このような機会を辞退する人はいないだろうと思いながら、代わりになる大学後の仕事をロンドンで探し始めました。すると、辞退者が出て、私は岐阜県で1年間を過ごせるオファーを受けました。(この1年間は、結果的に3年間になりました。)岐阜で出会った日本の方もJETの方も、私の人生・価値観・忍耐力・考え方に深い影響を与えました。そのうえ、一生消えない日本の全てに対する愛を得ました。

    私がいた冒険心と学のあるJETネットワークの中には、矛盾した2種類の経験談が流れていました。「自分のJET人生は自分で作る!」と「人間録音機になってもいいのならJETに参加する価値がある。」です。私は、自分の家族から遠く離れ、自分の文化と大きく違っている文化まで来たので、全力で満喫し、録音機ではないことを証明すると決意しました。

    学園祭

    日本語のスピーチの途中

    JETで過ごした3年間の中心は、岐阜総合学園高等学校の生徒たちでした。教室に入ると、当時先生の資格を持っていなかった私に、40人(学級は確かそのくらいの規模でした)の若い日本の生徒たちが起立とお辞儀をする姿を見たことはとても謙虚な気持ちになる経験でした。このような礼儀作法は、自分の文化と生徒の文化の間の架け橋になりました。JETに参加したことで人生が変わってきた多くの人のように、ユーモアやジェスチャー、働く姿勢や根性、忍耐を使って生徒との関係を築いたり、維持したりしてきました。そして何より重要なのは、交流内容や状況を問わず、努力することでした。これにより初期から、生徒とスタッフとの関係を結ぶことができました。学園祭への参加や準備の手伝いといった小さなことは、大きな影響をもたらしました。2002年に日本を離れる際、JETとして学んできたひらがなと漢字を使い、日本語でスピーチをすると主張しました。その時も、高等学校のスタッフの皆さんには私の努力が伝わりました。間違っても、結果はどうなっても、「全力を尽くした」から受け入れられました。

    岐阜総合高等学校のスタッフのさようならパーティー2002年

    JETでは、人間関係作りと高質な教育のつながりをきちんと理解しました。英語を教えたほか、JET Programme Peer Support Group(PSG)のリスニング・ボランティアに努めました。これはJET参加者がJET参加者のために無料で運営している、秘密厳守で匿名なウェルビーイング支援を提供する電話サービスでした。全国のJET参加者のために電話番をすることはとてもやりがいのある経験でした。仕事がうまくいかない日のお話、病院を探すための支援、英語での対話、時により深刻なメンタルヘルスの問題などの相談を受けました。ボランティア経験の一環として、毎月のPSG Health Link News誌のコーディネートと編集をすることになりました。JETコミュニティのために、電話サービスに関するデータやJET参加者が執筆した役に立つ情報を掲載しました。この経験から、複数の道が開かれました。小学校のシニア・メンタルヘルス・リードになるトレーニングを受け、特別支援教育のコーディネーターとして若い生徒を支援しました。また、ロンドンでSamaritansのリスニング・ボランティアになりました。

    イギリスに戻る時には、教育心理学者になる予定でした。しかし教室に戻ったら、離れたくなくなりました。TEFL(英語教育法)の資格を取得してからダラム大学でPGCEを取得しました。その後は10年間、ロンドンの多様なコミュニティの小学校で教えました。現在はロンドンで特別支援コーディネーターとして勤めています。JETプログラムで学んだスキルを活かす機会はたくさんあります。

    放課後の英語クラブ

    2023年には昔からの友達や家族、そして元生徒たちに会うために日本へ行ってきました。英語を使って活躍している生徒や、子どもが生まれた生徒が数多くいました。私は今でも、積極的にJETAA Londonのコミュニティに参加しています。主にから揚げやお茶などの食事クラブに参加していますが、新しいJET参加者に来日前のアドバイス(例えば「マーマイトは日本でものすごい高いので余るほど持って行ってね!」)を提供したり、毎年トラファルガー広場で行われる「じゃぱん祭」でボランティアしたりしています。26年経っても、JETや日本に戻ることはまだ選択肢に残っています。「JETの後」という期間は存在しません。JETで経験したことはずっとそばにいます。仕事や人間関係、考え方や文化の認識の基礎でもあります。私は現在、二番目のキャリアを検討しています。(それとも三番目・・・JETは最初のキャリアだったとは言えますかね?)検討しているキャリアは、JETプログラムのように異なる組織や文化を繋ぐ草の根レベルのプロジェクトに関する分野になります。

    この記事を読んでいるJET参加者には、ピアサポートグループのリスニング・ボランティアになることをぜひおすすめしたいです。小さな村で孤独を感じるJET参加者やホームシックなJET参加者の経験を大きく変えさせることができます。そのうえ、自分のJETとしての経験もあらゆる形で充実します。逆に、自分でこのサービスを使いたいと感じるかもしれません。それならぜひ電話してみてください!ボランティアたちは素敵な人です。今は、Teams電話もできます。

    JET参加者は、以下のリンクからPSGサービスの詳細を確認できます。

    AJET | AJET Peer Support Group | About Us

    About the Author

    シラ・ベイイージー

    岐阜県 ALT

    シラ・ベイイージーはロンドンで生まれ育ちました。若い頃から勤勉なアイルランドの血筋により、勇敢な旅心を継いでいます。レスター大学の最後の学年の時、JETプログラム参加者として日本で英語を教えるインスピレーションを受け、それは一石二鳥でした。1年間のギャップ・イヤーになりそうな時間は、3年間(1999–2002年)の学び・友情・国際交流・さらに学び・おいしい食事・さらに旅行・限りない親切さ・素敵な生徒と同僚などとのとても特別な時間になりました。2002年のワールドカップでアイルランドを応援(ドイツと引き分けました)してから日本を離れ、TEFL(英語教授法)の資格を取得しました(CELTA, International House/ケンブリッジ大学)。その後はダラム大学に入学し、2004年に小学校の先生のPGCEを取得してから10年間市内の小学校で教えました。現在はロンドンの小学校でシニア・リードに勤め、シニア・メンタルヘルス・リードの資格を持ち、特別支援のコーディネーターです。JETAA Londonのメンバーであり、勇猛な旅心を今でも持っています。同期のJET参加者のほとんどは各母国に帰っていますが、ピアとのつながりと友情は強いままです。

    • ALT 1999–2002
      岐阜県
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