2021年JET Streams冬号
JETの向こうに
コザック・クリス氏、元静岡県ALT、1997年~2000年
最近、ノアム・チョムスキー氏は、プログレッシブインターナショナルの発足サミットで基調講演を行いました。チョムスキー氏は、国際社会に関する進歩的シナリオ及び反動的シナリオという2つのシナリオを提示しました。戦争、気候変動、民主主義の弱体化、所得格差などの脅威は、JETプログラムの先生はおろか、日本の学生にはあまりにも恐ろしく見えるか、あるいは抽象的に見えるかもしれません。しかし、グローバルな概念を授業に取り入れれば、自然と、生徒たちは世界とより深く関われるようになるはずです。
私は1997年に静岡県富士市に来日しました。1年目を卒業する前から、最長3年間とされている就業期間よりも長く滞在する可能性が高いことは明らかだったので、数人の友人と一緒に、隣町にレストランと英会話学校の起業を計画し、資金調達、建設を始めました。また、一攫千金を狙ってバンドを結成し、東京でライブを行ったりして有名になりかけました。
それはさておき、私は現在、都内の私立中高一貫校で教鞭をとっています。私はカナダ生まれで日本の教員免許を持っていないため、学校とフルタイムの契約を結ぶことができません。これには明らかなデメリットがあり、特に健康保険が適用されないため、医療費が高くつくという問題があります(東ゼン労組でいつも議題にあがります)。一方で、自由な時間が多いことはメリットであり、そのおかげで、チョムスキーの主張に賛同する、東京、日本、そして世界の多数のグループとつながりを持つことができました。私の専門分野は気候危機に関することです。
2016年の夏休みにカナダに戻った際、私はヒューストンで開催されたアル・ゴアの「Climate Reality Leadership Corps」の研修に参加することができました。3日間、私はスピーチ、パネルディスカッション、ブレイクアウトセッションを聴き、気候危機に情熱を燃やす人々とネットワークを作りました。日本に戻ってきた後、研修の受講生の中でも日本にいる数少ない一人として、2019年にアル・ゴアが別の研修を行うために東京に来たときに、私はステージに上がり、800人のボランティアの聴衆に向けて日本語でプレゼンテーションを行いました。その後、学生に現在の気候変動についてプレゼンテーションをしていましたが、いつの間にか、CSRについて500社の企業の代表取締役で満席の部屋でプレゼンテーションをするまでになっていました。プレゼンテーションをしていない時は、新しい聴衆になってくれそうなグループと連絡を取っています。現在、COVID-19のパンデミックのために制限を受けていますが、Zoomのおかげで、プレゼンテーションを部屋でする必要が無くなり、プレゼンテーションやディスカッションをオンラインで開催できるようになりました。
私の日常には、ソーシャルメディア、Slack、Eメールやテキストで様々な組織に関するコミュニケーションが交錯しています。東京のグループ(日本には26のアクティブなグループがある)が1年前に国連大学前で5000人を集めて行進した「Fridays For Future」の助けを借りて、2020年9月25日に気候変動のための世界的なストライキが行われました。また、10月24日にはExtinction Rebellionのイベントが開催される予定でした。ウッディ・ハレルソンがナレーションを担当し、健康な土壌でCO2を吸収し循環させるドキュメンタリー「Kiss the Ground」のFaceBookウォッチパーティーがありました。アムネスティ・インターナショナルも近々イベントを開催する予定です。350.org(350parts per millionとは、大気中の二酸化炭素の許容限界値で、摂氏1.5度を維持するための上限値です)というグループが日本全国で非常に活発に活動しています。これらのことから、私からのアドバイスは、つながりを持つこと、意識を保ち、自分の住んでいる地域で何が起きているのかを知ることです。たとえ一握りの人だけであっても、人々が危機について話し、積極的に意識を高めていくことが重要です。通常は他にやるべきことが多すぎて、行動を優先させる時間を作ることができないことが多いですが、そうでない場合は、あなた次第です。つながることは、コミュニケーションを形成するだけでなく、セルフケアの助けにもなります。教師にも、活動するアクティビストにも、重要なスキルの一つです。
忙しい先生は、中学、高校、一対一の授業、または学校の集会ですぐに使えるレッスンプランを必要としています。私は、数年にわたってニュース記事を集約し、国際連合の17の持続可能な開発目標(SDGs)に照らし合わせてそれらを分類して公開するウェブサイトを設置し、ブログも始めました。ハラ・マリアン氏の素晴らしい経験と専門知識により、”気候変動教育をEFL学習者にもたらす “と題して、日本言語教育学会(JALT)が発行する『The Language Teacher』2019年9月号に、これらのプランのサンプルを掲載しました。
気候危機に関する教材は尽きることがありません。Kahoot, Quizlet, vocabulary.comなどのツールを使い、ビデオや記事、あるいはニュースなどを適切な年齢に合わせて活用することにより、研究、企画、制作、評価の方法を身につけることができます。
ケン・ロビンソン氏が生前に行っていた最後の取り組みの一つは、協力することを懇願することでした。特に今、このCOVID-19のパンデミックの中で、私たちは無知や特権がはびこる「通常」に戻るのではなく、再考しなければなりません。私たちは、生徒たちにそれをしなければならないし、専門家としての私たち自身にそれをしなければならなりません。だから、誰もがそうではないと思われる場合でも、掘り続け、接し続け、永続的であり続けてください。チョムスキー、ナオミ・クライン、ビル・マッキベン、デビッド・スズキ、キャサリン・ヘイホー、マイケル・E・マン、そしてグリーン・ニューディールを求める多くの著者、科学者の声に耳を澄ませてください。
気候危機は人間が引き起こしたものですが、私たちにできることがあります。
私たちの選択は明確です。国際主義に向き合うか、絶滅に向き合うかのどちらかです。
プロフィール
コザック・クリス氏
1997年から2000年までの3年間、静岡県富士市でJETプログラムに参加。日本では20年以上にわたり、音楽と維持可能な開発の教育のファシリテーターとして活躍。カナダのアルバータ大学で音楽学士号を取得。2016年にヒューストンで開催されたアル・ゴアの「Climate Reality Leadership Corps」に参加し、東京2019トレーニングで講演した後も、気候危機に対して行動を起こしたい人たちのメンターを務め、ノーベル平和賞を受賞したプレゼンテーションを行っている。現在は都内の私立中高一貫校で教鞭を執っている。彼のウェブサイトを通じて、コラボレーションしたり、レッスンプランを共有したりすることを励みにしています。https://greenchangeeducation.wixsite.com/gced
アルト・ヘイリー氏、元富山県ALT、2013年~2016年
JET プログラムで働くことは、他では経験できないような機会を与えてくれました。もちろん、日本に住んで働くことが出来るのは魅力の一つであり、米国・ウィスコンシン州に残っていたら出会うことのなかった国際的な友人が出来たことも大事な経験です。また、例えば、素っ裸で素敵な温泉に入ることなどの日本文化を、身近で幅広く体験できることも魅力の一つです。
日本は温泉地として有名ですが、実は全国に3,000以上の温泉があると言われています。そのすべての温泉に行ってみたいと思っています。私が初めて温泉に入ったのは留学中のことでした。2週間の交換留学で私の学校で学んでいた友達に会い、ある日の夕方、彼女のお母さんと一緒に温泉宿に連れて行ってもらいました。
更衣所で脱衣中の女性達をちらりと見て(できるだけ失礼にならないように)、友人とその母親が後に続くのを観察したことを覚えています。私は「みんながすることだったら、馴染むしかない!」と自分に言い聞かせ、服を脱ぎました。
もちろん、金髪碧眼のアメリカ人が上手く馴染めるはずはありません。ですが、日本に住んでいる間は、ルールや文化的な習慣をできるだけ守るようにしていたので、“見知らぬ人たちの前で裸になる”ことも習慣として受け入れました。
ウィスコンシン州では裸にはなれません。
温泉や銭湯では、バスタオルと時にはフェィスタオルも渡されます。バスタオルは更衣室に残しますが、浴場へ入る際にフェイスタオルを携帯すると、入浴の合間に自分の体を隠すことに利用できます。小さなフェイスタオルがいわゆる「安心」を与えるでしょう。でも、フェイスタオルがない場合は、神様に与えられた体一つで、堂々と歩き回るしかないので、流れに身を任せるしかありません。(ちなみに、JETプログラムでは「流れに身を任せる」というアドバイスが一番多かったのですが、人生のあらゆる分野で効果がありますね!)
私は「裸は大したことじゃない」と自分に言い聞かせ、決して振り返ることはしませんでした。
アメリカ人はやや保守的な思想であるため、ヌードビーチやヌードに対しての楽観的な考え方を持つヨーロッパとは価値観が違います。私はヨーロッパや日本の考え方の方がずっと好きですが、アメリカで育ったことによって得た謙虚さや慎重さは大事だと思っていますし、間違っているとは思っていません。確かに、体を覆うことの重要性について説き、進化してきたのはいいことでしょう。
しかし、これだけは言わせてください。太陽の光や月の柔らかな光が降り注ぐ山腹で、裸になって天然の温泉に浸ることに匹敵するものはありません。心の中を空にして、禅のような静けさに到達することで、悩ませているすべてのものを手放し自由になる。
それが、温泉が私に与えてくれるものです。
JETプログラムでは、労働時間がそれほど過密ではないため、容易に温泉への旅行を計画することが出来たので、県内の旅館も度々訪れました。富山県の宇奈月温泉郷には、温泉がついている旅館やホテルもたくさんあります。車で曲がりくねった山道を走り、心配事をすべて忘れられる温泉施設でぜひ一泊してみてください。癒しの温泉につかり、日本の伝統的な美意識に触れ、三味線の穏やかな音色を聞くことに勝るものはありません。
県内の温泉を網羅した後は、隣の県の温泉にも行くようになり、いつの間にか週末を温泉で過ごすことが習慣となりました。ゴールデンウィークに、温泉旅館に手頃な値段で宿泊するために、群馬にある上野村という小さな町まで5時間運転したことは、いい思い出です。あまり知られていない上野村の、断崖絶壁や澄んだ川沿い、森や青空に囲まれた場所に、温泉が点在していました。一人で温泉に行くことが多かったのですが、日本人の風習にしたがい、友達や家族、同僚と一緒に行く機会も多くありました。
アメリカに戻りましたが、日本の温泉旅でできた思い出はいつまでも大切にします。温泉に浸かるということは、それだけ脆弱で純粋で開放的な気持ちになれるということです。入浴前に緊張する方は「私たち人間は全て同じ体を持っており、素っ裸のあなたの体に驚く者はいない」ということを思い出してください。
現在日本にいる方、又は間もなく来日する予定の方、是非、新しい経験をチャレンジしてみてください。きらきらと輝く海を見下ろす海岸沿いにある温泉や、美しい自然に囲まれた温泉などに入浴してみてください。ただ忘れないでほしいのは、入浴前に体を洗うこと、入浴の際は冷静にそして尊敬の念を忘れないこと、そして、お湯から上がったら体をよく拭いて更衣室に入ることの3つです。靴下が濡れるのはみんな嫌です。
プロフィール
アルト・ヘイリー氏は、日本語および東アジア研究の専門でUW-マディソン大学を卒業し、2013年~2016年の間富山県立山町という美しい町でJETプログラムにてALTとして働きました。また、金沢で旅行代理店と立山町で私的契約のCIRとしても務めたことがあります。現在は、フリーランスコピーライターと複数のファッションラインのソーシャルメディアマネージャーとして勤めています。これまでに3冊の小説を書き、最近4冊目の小説を書き上げ、正式な出版を目指している。ウィスコンシン州メノモニーフォールズ出身であり、牛製品で有名なウィスコンシン州を愛する「チーズヘッド」としてのアイデンティティを持っています。
アルト氏についてもっと知りたい方は、www.haleyalt.comをご確認ください。
カッツ・ローラ氏、元愛媛県ALT、2018年~2020年
2018年に日本に出発する前に、友人に日本での出来事をブログに書くことを進められましたが、「いいアイディアね」と言いながらも「絶対しないな」と思っていました。日々のフラストレーションとそれの克服は、後になって後悔するような形で必ず出てくるものだったので、フェイスブックに自分の経験を書くことはすでに検討し、断念していました。ブログはフェイスブックよりも解放的であるため、私は少し怖いな、と感じていました。その代わりに、90年代的なテクノロジーであるニュースレターの形で友人や家族に配信することにしました。
最初のニュースレターでは、住んでいた村の夜の音、八百屋での買い物と私の日本語学習の失敗談のことを描写しました。学校が始まったら、スタッフルームでの人間関係や、お昼休み中に子供たちがドッジボールのチームをどうやって決めるかなどの話をしました。2年目には、同僚や友人との交流が深まるにつれ、文化的な背景が私たちの交流にどのような影響を与えたかについて記録しました。そして、新型コロナウイルスの蔓延によりパンデミックになったときには、小さな喜び(例えば、このカエルを見つかったとき)が、はてしない嵐の中の一時的な逃げ場となってくれたと感じたので、そのことについて記録しました。それらの配信を行う中で、私の世界に入り込んでもらうために、できる限り多くの写真を掲載しました。
最初はただ単に見たことをそのまま書いていました。しかし、時間が経つにつれ、ニュースレターを配信するために、より注意深く観察しようというモチベーションが湧いてきました。ある日、学校から帰宅中に庭で魚を捌いているおじいさんの傍を通り過ぎました。このようなことを見たことがない都会育ちの私は、夢中になって見ていいかと尋ねていました。ニュースレターを配信しようとしていなければ、彼の作業を見ることはなかったでしょう。また、「黒地にロゴが溶け込みそうになるほど汚いベースボールキャップ」にも気づくことはなかったでしょう。
ニュースレターを書くことで、取るに足らないような瞬間もJETの経験の中に織り込んでいくことができました。私のスマホの不具合で撮影された写真が、一番好きなニュースレターの一つのオープニングとなり、世界観を表すイメージともなりました。
↑ スマホの不具合でこの写真が横にされた瞬間、船の反射がより鮮明に写っているのが印象的でした。この写真を撮ったあと、愛媛のスーパーへ買い物に行くことは、家にいるよりも興味をそそられていますが、それは視点を変えたお陰ではないかと感じています。
親戚から「アームチェアからの日本旅行みたいね」と言われたことに感動しました。
しかし、JETプログラムはお休みではありません。アメリカに帰国したJET経験者の友人が、郵便局へ行くことや掃除機を買うときの苦労は地元の友達に理解できないと言っていました。私のニュースレターが本当にインパクトのあるものになるためには、いい経験と悪い経験を両方共有しなければなりません。
私はニュースレター形式の親密さが大好きで、昨年の3月まではこのスタイルで続けていこうと思っていました。愛媛の学校が新型コロナウイルスで休校になったとき、私はピーター・ヘスラーの中国での英語教育についての回顧録「リバー・タウン」を読みました。文化的な挫折や、観察したり、または、逆に観察されたりしたこと、永遠に新しい発見を見つけることなど、彼の描写はすべて身近なものでした。彼の経験と私の経験の違いに、私は夢中になりました。「リバー・タウン」を読んで、初めて自分の文章をもっと公にすることについて真剣に考えさせられ、遂に私は回顧録を書くことを空想していました。
ですが、私はFacebookを利用したくありませんでした。週に500人以上と外国語で交流することは、時折、不機嫌の原因となります。短文では、悪い一日は深いシニシズムのように見えてしまう可能性があります。しかし、私の心の奥には、公共の長文の幻想が膨らみ始めていました。ついに、2020年の9月に帰国した後、当初の誓いに反して、ブログを始めました。それは、ニュースレターを配信することによって感じた私の喜びと憤り、そして日本の田舎の美しさへの感謝の気持ちを表現するためでした。
このブログ(いつか回顧録)の読者には3つの希望を持っています。一つ目は、JET経験者に「日本での生活のPTSDとノスタルジーのジェットコースター」を体験してほしいです。二つ目は、日本の田舎町に行ったことのない人には、日本の田んぼや小学一年生の教室を体験してもらいたい。最後に、日本の読者の方には、日本のことをよく知っている人でも、新しい人の目を通して、日本のことを新鮮に見てくれることを期待しています。
プロフィール
著者:カッツ・ローラ氏。ニューヨーク出身。 2016年にスワースモア大学を卒業し、言語学と言語学の学位を取得(専門はフランス語とドイツ語)。大学卒業後、フィラデルフィアの陶芸工房と自転車屋で2年間働き、JETプログラムで愛媛に移住。彼女のウェブサイト「New Yorker in the Inaka」では、「日本の田舎での都市生活者の体験」についての執筆や写真を掲載している。