記念講演:『No Man Is An Island』
Byグレアム・ホルブルック・フライ駐日英国大使
私が1970年代に初めて日本を訪れた時、まだ外国人はあまりいませんでした。当時ほとんどの日本人は学校で何年も英語を学んでいましたが、そうして学んでも流暢に話せる人はごくわずかだったため、日本人以外との会話はストレスや不安に満ちたものでした。英会話が上手でない主な理由として、日本の生徒たちは、私が学校でラテン語を教わったように英語を教えられていました。文法がとても重視され、話すこと、聞くことはあまり重視されませんでした。少なくともラテン語はもはや死語でありましたが、しかしどちらのケースでも結果は同じだったのです。
ニコラス・ウォルファーズというイギリス人がこうした状況をなんとかしたいと決意し、イギリスの青年を日本に送り、日本の学校でネイティブ・スピーカーとして英語を教える、あるいは英語教育の手伝いをしたらどうかと考えました。そうすることでイギリスの青年は日本の社会や文化に触れ、日本語もいくらか学ぶでしょう。同時に日本の生徒は学校にいながらにして、本物の、生きた英語を話す外国人と直接出会うことになります。
これは素晴らしいアイデアでしたが、私はニコラスにすべて忘れた方がいいと言いました。私に言わせると障害が多過ぎたのです。まず資金が必要ですし、そしてイギリスの青年を快く受け入れ、責任を持って対応してくれる日本の学校を探さなければなりません。また日本に行きたいイギリスの青年を見つけなければならないでしょう。しかし何よりも、頭の固い日本の官僚を説得する必要がありましたが、日本の官僚は理由を101個ぐらいはみつけだして、そのアイデアは採用できないと言うに違いありません。たとえやっと一つの省を説得できても、またほかの省は反対するに決まっていますし、もしすべての省を説得できたとしても、さらに地方自治体を説得する必要があります。だから私にとっては、素晴らしいアイデアである一方で全く望みのないことに思えました。
しかしニコラスは賢明にも、私の助言に耳を貸しませんでした。彼は諦めずにただ前進を続けたのです。そして問題の本質を指摘することによって、なんと日本政府の要職者のみならず、民間の有力者からも多大な支援を得たのです。そうして1978年、「英語教育・教員採用プログラム」がスタートし、イギリスから「ウォルファーズ肝煎り」の英語教員が日本にやってきました。
ご存知のとおり、このプログラムはその後も続き、拡大しました。そして1987年にJETプログラムが始まりました。最初は4カ国から848人が参加し、イギリス人からの参加者は150人を数えました。今年、JETプログラムは44カ国から5千人を超える参加者を迎え、これまで46,000人を超える人々がJETを経験し、国別ではイギリスが2割ほどを占めています。一時は、JETプログラムが単独でのイギリスの大学新卒者の最大の雇用主でありました。考えてみれば、実に驚くべきことです。それだけでなく、日本の数十万人の中高生がJET参加者から英語を教わったでしょうし、そのほか学校や自治体でJET参加者と接した人もいるでしょう。
どのような尺度で見ても、見事な発展と成功を遂げたといえます。このプログラムを長年支援し、発展させる見識と先見性を持ち合わせていた日本の関係者を称えなければなりません。私は当初懐疑的でしたが、日本の複数の省、少なくとも三つの省と全国の多数の自治体が協力して成功させました。JETプログラムによって日本人の語学力が高まっただけでなく、イギリス、アメリカ、その他の国々の多数の青年が日本での生活を経験しました。日本の生徒たちはネイティブ・スピーカーが話す英語を聞き、話す機会を得ました。それは彼らの英語力を高めただけでなく、英語を学ぼうという意欲も高めたに違いありません。若いネイティブ・スピーカーと出会えば、その言葉を学びたいと思うようになります。私にもそのような経験がありますし、大変重要な動機付けの一つでしょう。JETプログラム参加者自身が異文化の中で喜ばしい経験ができて感謝していると思いますが、おそらく苛立ちや不安も感じたでしょう。都市部に派遣される人もいますが、多くの人が遠くの地方へ配属させられます。それでもほとんどの人が、素晴らしい経験をした、忘れられない経験だと言います。そして生涯にわたって日本の友人となります。これは、JETプログラム20年間の大いなる成果だと思います。
私は個人的に二つの理由でJETプログラムに感謝しています。第一に、東京にある英国大使館と大阪の総領事館の職員にはJETプログラム経験者が多数います。彼らは日本について知識があり、日本語もある程度知っています。その上、イギリスと日本との協力や友好を一人ひとりがとても真剣に考えています。JETプログラムで彼らは外交官になるための訓練を受けていたのです。第二の理由は、私の長男がJETプログラムに参加してすごくいい経験をしたからです。
さて、私は今日の演題を、「誰一人として孤島ではない」としました。その理由をご説明いたします。ここにご参加のネイティブ・スピーカーのほとんどの方は、この引用句をよくご存知でしょうが、日本人の皆さんには多少説明が必要かもしれません。
これは、1572年に生まれ1631年に亡くなったイギリスの詩人ジョン・ダンの「Meditation(瞑想)」に出てくる言葉です。「瞑想」は牧師時代の随想で、引用した句は次のように続きます。
「誰一人として孤島ではなく、誰一人として一人ですべてではない。誰もが大陸の一部、主たるものの一部である」「主たるもの」とは「本土」ということです。
今日参加されている皆様はイギリス人であれ日本人であれ、島というものをご存知です。島は海に囲まれ、本土から切り離されているという見方もあるでしょう。私たちはもちろん、イギリス人も日本人も別の見方をします。私たちが本土から切り離されているのではなく、本土が私たちから離れているのです。重要なのは、島が大陸から離れていることです。島がそれ自体で完結していて、決して単なる大陸の一部ではないのです。
この例えを人間に当てはめると、よく分かります。私たちは皆、大陸の一員です。つまり人類の一員です。誰も排除するわけにはいきません。ほかの人たちの命は私たちと無関係ではありません。ですから、ジョン・ダンはこう言っています。他人の死もわれわれに関係すると。従って、誰一人として孤島ではないのです。これが今日、私が取り上げたいテーマなのです。
スーダン西部のダルフールでは、内戦が起きて数千人の子どもたちが飢えと病気で死んでいます。東南アジアの一部では強制的に売春をさせられている人々がいます。子どもを含め、世界中で数百万人がエイズとマラリアで死んでいます。どちらも予防できる病気です。私たちはなぜ、こうした状況を心配するのでしょうか。私たちの子どもたちは飢えてはいません。私たちはマラリアにかかっていません。それなのに私たちにどう関係するのでしょうか。答えは、言うまでもありませんが、私たちも人間だからです。ほかの人たちに起きることは私たちにも関係があります。道徳的・人道的観点から見て、私たちは世界のどこかで起きていることを無視できないのです。ですからジョン・ダンが言うように、私たちは大陸の一部なのです。大陸とは人類のことです。
ほぼ同じことが国についても言えます。イギリスと日本は島国です。数百年の間、島国であることはとてもよいことでした。イギリスの子どもたちは、イギリスの歴史は1066年に始まると教わったものです。なぜ1066年なのか。よその国がイギリスに侵攻して成功したのは1066年が最後だったからです。それから950年間、いくつもの国がイギリスを侵略しようとしましたが、周囲の海とイギリス海峡とイギリス海軍が侵略を阻止してきました。そして、イギリスは自分たちの制度を自分たちのやり方で作ることができました。そうして民主主義、君主制、法の支配を組み合わせた社会を作り上げました。日本はイギリスよりさらに上をいっています。日本は200年以上、外国人をほぼ完全に締め出していました。その間、平和と繁栄を享受し、文化が驚くばかりに開花しました。しかし、ついにうまく立ち行かなくなりました。黒船が来たのです。西欧はその200年の間に日本よりはるかに進んだ技術と政治制度を生み出していました。
今日のイギリスと日本を見ますと、私たちはさまざまな点で幸せです。両国ともずいぶん繁栄しています。生活水準が高く、快適な生活をしています。国内においても対外的にも平和です。私たちの政治制度は自由、民主主義、法の支配に基づいています。自分の意見を言う権利があります。政府を選ぶ権利があります。しかし、もう島国の政策は役に立ちません。たとえ望んだとしても、他国に門戸を閉ざす政策に戻ることはできません。今やかつてとは違った黒船が至るところに出没しています。ここでは三つの分野、安全保障、経済、環境の三つに絞ってお話したいと思います。
まず安全保障についてですが、イギリスも日本も外国に侵略されることはなさそうです。脅威は別の形でやってきます。島国であることでミサイルやテロから人々を守ることができません。現在、日本で北朝鮮のミサイルが緊急の課題になっているのは、驚くべきことではありません。イギリスでは、市民はテロの危険をもっと意識しています。もっとも、イギリスでも日本でも人々が不安を感じるのは、ミサイルやテロと核兵器などの大量破壊兵器が結びついているからです。イギリス人は北朝鮮のことを心配しているのかと時々聞かれます。確かに今のところ、北朝鮮はイギリスにとって日本ほど直接的な脅威になっていません。ミサイルが届く範囲に位置していないからです。しかし、間接的には相当な脅威です。北朝鮮は危険な技術を他国に売却してきました。そうした行為は、ヨーロッパが相当な権益を持っている東アジア地域に脅威をもたらしますし、大量破壊兵器の保有を考えている他の国に悪例を示す恐れもあります。ですから私たちは皆、北朝鮮の行動を心配しなければなりません。北朝鮮がもたらす危険はこの地域だけの問題ではありません。世界に及びます。ほぼ同じことが間違いなくテロについても言えます。アメリカで起きた9・11事件は言うまでもなく、世界の各地で起きています。テロは私たち全員にとって世界的な直接的脅威です。テロに立ち向かうには、グローバルなテロ対策を講じるしかありません。従って、孤立政策では安全は保障されません。
「われわれの経済は今やグローバル化している」というのは、既に耳慣れた言葉になりました。私たちの繁栄は現在、さまざまな国と国の間でのモノとサービスの自由な交換に依存しています。その自由な交換が中国、インド、ベトナム、その他の国々で数百万人の人々を貧困から救い出しています。もっとも、富裕国のこれまでの生産者が外国からの安価な輸入品に異を唱えるなど、抵抗もあります。問題は、人間の生活にかかわるほかの分野においてもそうですが、前に進むか後戻りするかです。同じ所にとどまっているのはとても難しい。過去の保護主義的な閉鎖経済に戻りたいとは誰も思いません。戻ればもっと貧しくなることを知っているからです。後戻りしないとすれば、前に進むしかありません。後退を避けようとするなら、貿易自由化への道を進む必要があります。だからこそ、世界貿易機関(WTO)でドーハ開発ラウンドをできるだけ早く再開することが不可欠です。
その際、とても貧しくてグローバルな貿易にほとんど影響を与えていない国々を忘れてはなりません。豊かな国にいる私たちは、そうした国々の生産品に課している貿易障壁をすべて撤廃すべきです。とはいえ多くの場合、問題は貿易障壁だけではありません。生産能力も問題です。工業や農業を発展させて独自の富を生み出し、輸出できるものを持てるよう手助けする必要があります。
もう私たちは大陸から孤立するわけにはいかないと思う第三の分野は、気候変動の問題です。世界は温暖化しつつあり、その主たる原因は人間の活動にあるというのが今日、科学者の一致した見方であります。科学者たちによれば、私たちが何も対処しなければ、気温が2050年までに2度以上上昇する確率は90%だといいます。気温が今より2度上昇すると、私たちはますます暮らしにくくなります。そしてよくあることですが、最も貧しい人たちが最も苦しむことになります。
私たちがこの問題を考えるときによく使う言葉で、少々誤解を招きかねないものが二つあります。一つは「長期的な」問題だというときです。時がたつほど状況は悪化し、顕在化するのは間違いありません。一方、それに対して何かすべき時は、そんな先の「長期的」なことではありません。今すぐ行動すれば、妥当なコストで最悪の事態を防ぐことができます。しかし、あと10年もの間、何もしないで放置すれば、自分たちを救うのに奇跡的な技術の開発を待たねばならず、事態はさらに悪化し、多額のコストがかかることになります。「長期的」な問題だというと少し誤解を招きます。今、行動する必要があるからです。もう一つは、実は「環境」という言葉です。環境とは、私たちが生きている場所であることを忘れがちです。それを「環境」という言葉で呼んでしまうと、気候変動が政治やビジネス、経済、健康、さらには私たち自身の安全に影響することを往々にして忘れてしまいがちです。気候変動もグローバルな問題なのです。国際社会が力を合わせて行動する必要があります。どの国も問題解決に一役果たすことができますが、一国だけで解決していくことはできません。
従って経済、安全保障、グローバルな気候変動という分野では、孤島の要塞にこもって自分たちを守ることはもうできないのです。互いに協力しなければなりません。
幸いにも私たちは既にそういうことを始めています。まさにそのための国際機関を作ってきましたから、互いに協力することができます。国連があります。世界貿易機関、世界銀行があります。そのほかにもこのような機関がいくつもあります。ですから、人類のさまざまな問題に取り組む機関が足りないというわけではありません。そうした機関を共通の利益のために有効に機能させるかどうかは、私たちの政治的意思の問題です。
つまり、さらに大きな人類共通の利益というビジョンを描けるかどうかということになります。私たちは地域や国家、宗教、部族、あるいは経済構造で区分された特定集団の利益にとらわれることがあまりにも多い。国益、あるいは国益と称するものをめぐる駆け引きが強すぎて、私たちが直面している緊急の世界的問題に対処できないでいます。
今日、こうしたさまざまな利益を交渉で調整するのは外交官の仕事でしょうが、平和を保ち、共通の利益を推進するのは私たちの課題でもあります。とはいえ、必ずしもそうできるとは限りません。時として競合するグループ同士が互いを警戒して一切の譲歩を拒否することもあるでしょう。妥協が屈服を意味すると思われるからです。また時としてある団体が攻撃や支配を及ぼしたりすることもありえます。そのため安全保障に関連して、我々は交渉を通じて、北朝鮮に対しては核兵器開発プログラムの廃止、そしてイランに同様の道を辿らないよう説得しようと努めているのです。しかし現在ではどちらの問題でもあまり進展はみられません。貿易の問題では、ドーハにおける交渉は中断したままです。気候変化については、経済に悪影響を与えることを恐れるあまり多くの国が排出削減目標を受け入れることを拒否しています。どのケースにおいても、もっとも苛立たしいのは全ての国の真の利益がお互いの合意の中にあって、国益という狭い物の見方に執着することにはないということなのです。
そう考えますと、やはり私はジョン・ダンの言葉に、そしてJETプログラムに立ち戻るのです。問題の核心は、グローバルな利益を広範囲に見据えることができるか、自分たちの国や特定の集団を超えて視野を広げ、私たちは皆人間としてつながっていると認識できるかどうかにあるからです。意見の違いがどのようなものであれ、私たちはお互いに責任があり、人類全体の利益に責任を負っています。至極明白なことですが、そうした認識は自然に生まれるものではありません。そうした認識に至るのは簡単なことではありません。しかし、そう認識できれば戦争はなくなるでしょう。奴隷制や搾取もなくなるでしょう。もっと日常のレベルでは、人種差別や偏見がなくなるでしょう。
私たちを集団に分けてしまうこうした障害を取り除くには、一つには若者たちにほかの文化を経験させることです。ヨーロッパの例を一つ挙げますと、フランスとドイツは過去100年の間に三回戦争をしましたが、両国の歴史的和解には大規模な青年交流計画が一役買いました。
ものの考え方に影響を受け、偏見をなくせるのは若いときです。若いころは、新しい経験を受け入れることができます。その意味で、これはとても広い意味で言っているのですが、JETプログラムは特に意義があると思います。日本の子どもたちと外国の青年たちをつないでいるからです。日本の子どもたちはそこで初めて外国人と出会うかもしれません。また、自分たちとそれほど年が離れていない人から学ぶことができます。息子から聞いたことですが、息子は教えていた十代の子どもたちと同じようなことに関心があったので、互いに親しくなれたようです。彼はそれほど年が違いませんでした。
JETプログラム参加者について言いますと、世界各地からアジアにやってきます。ヨーロッパやアメリカとは起源が全く違う文化に出会います。それまでの考え方に疑問を抱きます。それまでとは違った視点でものを見るようになります。一方、共通するものもいろいろとあります。既にお話ししましたが、日本は欧米と同じく民主的な価値観が社会を支えています。生活の質も同じです。人間の誠実さや友情はある文化やある国に限らないことも日本で学びます。人と人の友情はあらゆる障害を越えるものです。従って、今日の講演テーマにかかわるすべての人にとって、そのような経験は優れた教育となるはずです。それはつまり、私たちは同じ人間としてつながっているということです。「誰一人として孤島ではなく、誰一人として一人ですべてではない。」
